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自動車保険配布スキンパーツ1 絶対音感

今、こんな本を読んでまして。

絶対音感
最相 葉月 / 小学館
ISBN : 4094030662
スコア選択: ※※※※※

この絶対的なタイトルというか、そういう圧倒されるような力強さというか、に惹かれて買ったのだけど、期待以上でした。
ってまだ読み終わってないのだけど。

いろいろ考えさせられることもあったりして。
それで読書中でも何か書きたくなったというわけなのです。

絶対音感。

それはきっと音楽をやる人ならだれしもあこがれる夢のような才能で、どうして私は持っていないの、という劣等感にもなるもので、生まれつきそなわるもので、それを持っている人は、すでに音楽家としてのチケットを手に入れたようなもの。

私の中にはこんなイメージがありました。

絶対音感という言葉を知らない人もいるんですね、ってことに、この本を読んでびっくりしたので、まずは説明しないとね。

絶対音感とは、一般的にピアノなどの楽器の音をきいて、あるいは町で音楽をきいて、あるいは町で聞こえてくる音をきいて、これはラだとかソ#だとか言えちゃう才能のことです。

でもこの本を読んで感じたのは、これはかなり後天的な訓練でどうにかなるもので、
日本人が絶対音感を持ち合わせている比率が非常に高くて
その理由の一つとして考えられているのが、「絶対音感を養う教育」という日本独自のプログラムで
これは西欧音楽に遅れをとっていると感じた戦前の日本が、音楽先進国に追い付くてっとりばやい方法の1つとして音楽教育にとりいれたカリキュラムの1つで
第2次世界大戦には、絶対音感をもつ子供たちなどが、戦争の研究にかりだされて
飛行機がどっちから飛んできたとか、どんな種類の飛行機だとかを見分けることに非常な貢献をした、とか
あららー音楽的じゃ全然ないよーって話になっていた、って話。

ま、日本の教育にはいろいろこんな話が紛れ込んでいるので、そんなに驚かなかったけれど、びっくりしたのは、この音楽界のスーパースターたるべき才能をもって生まれたといわれて天才児よばわりされた絶対音感をもつ子供たちが、その長い音楽人生でどんだけ大変な思いをしたか、ってこと。

絶対音感は「絶対に音がわかる」じゃないんですね。
繰り返しある種の音をきかせられて、これを「ラ」と覚えましょう。
これをドレミファソラシドとやった、このマッチングの結果が絶対音感。
極論ですが、こういうこと。
もちろん生まれつきの音楽環境の中で備わっちゃう人もいれば、
訓練で容易く手に入る人もいれば
訓練しても全然だめって人もいる。

だから本で書いてある
「絶対音感は、他者による音感を身に付けてほしいという意志が形になったもの」ということだという表現(本の中の正確な表現は違っていたと思うけど)もある意味うなづける。

そうしたとき、私の人生を振り返ってみちゃったりすると、
私の人生である種のパターンマッチングによる学習効果を「他者の意志として反映させるもの」として身に付けさせられたものがいくつかあるな、と。

英語ー3歳から1日1文章暗記させられた。一生英語なんかやるもんかと思った。が、今仕事で毎日使ってる。
計算ーというか方程式。公文式というのでこれもパターンマッチングで繰り返し数式を見れば解き方がわかるというやり方で学習させられた。6歳から18歳。今でも方程式はすぐ解ける。ありがたいかも。でも人生にはあまり役にたたないなー。

いわゆる刷り込みというやつで、これは6歳以前と以降ではずいぶん頭に残す仕組みが違うんだって。
確かに、英語はときどき数時間続けてしゃべると、もう英語でしかしゃべれなくなる。戻すの大変。フランス語は40歳近くから本格的にやったからフランス語でしかしゃべれなくなるってことはない。かなり近くなるってことはあるけれど、後天的な訓練によるものってことなんだろうね、きっと。
方程式は、絶対ほかの人が解いてるのと違う頭の使い方をしてるって自分でわかってる。
見たら分かる。方程式を解いていくときに変形していくけれど、この次の変形が文字で書いたみたいに目に浮かぶので、それを書いてくだけ。覚えてもいないし、考えてもいない。刷り込みだー。

絶対音感は、基準となる音がある。普通はピアノの音で442Hzなのかな?日本では。
絶対音感をもつ人の中には、この音が441Hzになっただけで、音がわからなくなる人がいるんだって。だからパターンマッチングだといったんだけど、ある種のものでないと理解できない。絶対音感はある種感性の幅を広げるようでいて、狭めることにもなるんだよね。

絶対音感と書くと、持つ人持たざる人がいるから、感覚的にシェアしにくい。
色に置き換えたらわかるかも。

例えば赤。赤という色はどの色からどの色まで赤? わっかんないよね。
これが、ある種の赤色だけを見せられて、これだけを「赤」といいなさい、と教育されれば、これが絶対色感となるってこと。これは結構違和感あるんじゃないかな、日常生活的に。もっと幅をもって人間ってものを認知してるよね。
黄色が混じってオレンジと認識できるまでは赤。民族によっては、オレンジと赤の間にきっと朱色って感覚があるのかも。あるいは赤と紫の間に、紅色ってのがあるのかも。
曖昧だよね。そうやって皆でなんとなくあいまいな感覚の中を生きてる。

これを音感に戻せば、それがちょっと不思議な感覚なことがわかるかもしれない。

私の思い込みとはずいぶん違ってミラクルな「絶対音感」は結構不自由な音感かも、ってことになってきた。

私には絶対音感はない。結構これを言い切るのに躊躇してた時期もあったし、今でも誇れるとは思ってないって感覚のほうが正直強い。絶対音感は誇れるが、反して絶対音感なしは決して誇れることではない、と。

でもこの本を読んで「私には他人に音感を強制された歴史がない」ってことだけかも、ってちょっと思った。
繰り返していうけれど、絶対音感が自然についてしまった人も山ほどいるから強制されてなくて絶対音感ありの人もいるんだけどね。

そのかわり私にある音感は、相対音感だ。これもどうやら訓練らしいけれど、基準音をその調のドと決めてしまえば、相対的にこの音はラとかわかるというもの。それで不自由したことはないし、音楽を聴けば音の高低の採譜もできる。最初の音を最後にピアノで引いて移調しなくては楽譜としては使い物にならないけれど、鼻歌の記憶なら十分(笑)。やったりはしないけれど作曲だってできるってもんだ。

私には相対音感が強くついたのか、あるいは絶対音感を補うために強化されたのか、結構強力な相対音感がある。例えば、初めて聴く曲でもよほど珍しいコード進行をしてなければ2番の歌詞のときには、ハーモニーを付けて歌える。主旋律を歌えないのが難点です(笑)いきなりハーモニーの旋律が頭にでてきて、それを歌うとうまく主旋律とハモってしまう。不思議。そんな感覚が3歳ぐらいからすでにあった。合唱団ではいつもアルト。決して主旋律を奏でない楽器しか演奏しない。へんだよねー。主旋律に興味をもったのは、フランス語でシャンソンを歌うってのをやりはじめてから。でも物足りないなーと思ったりする。私の頭の中にはいつもハーモニーしか流れてないんだもの。

楽器といえば、中学校でブラスバンドに入っていたとき。私は打楽器奏者だったから、いってみればリズム感だけあればよかった。ところがそのブラスバンドの誰より耳がよかったらしく、チューニングをするのに楽器をもった友人たちが大挙して押し寄せた。
ピアノの基準音さえあれば、それとの比較ができたからそうやって音をあわせてあげたら、その後で音楽の先生が合奏時にびっくりして目を丸くした。
今日は皆の音が異常にあってるなって。
まさか打楽器奏者がチューニングした、なんて思ってなかったと思うな。

私の耳のもう1つ困ったことは、音って音色によっていろいろな音が聞こえるんだけど、それがかなり均一に耳に入ってくるということ。ピアノみたいな音ならドならドの音がメインに入ってくるからあまり気にならないけど、打楽器のチューニングをすると死にそうになった。打楽器って音程ないでしょ?あるのもあるのよーティンパニーとかね。私はティンパニー奏者だったから、あれは演奏中に音をかえなくてはならない、逆説的だけど演奏中にチューニングを要求される優れた耳の持ち主でないといけない、しかもめっちゃ目立つ音がでる、というわけで、やらなくちゃいけないんだけどね。

プラスティックの皮ならOK。1音だけ大きく聞こえるので、チューニング用の笛というのがあって、これを小さくならせば聞こえるからチューニングできる。でもいいやつは動物の皮。これ私の耳には最低でした。5つぐらいの音が全部同じボリュームできこえるからどれにあわせていいかわからない。音を出さなくちゃいけない小節は迫る。泣きそうになったこともたっくさん。

で私は打楽器むいてないーと思ったことまで。でも実際には絶対音感をもっていれば、きっとこんなことはなかったんだろうと思います。だって違うHzの音は認識しない、ってなわけなんだから。

世界各国の楽器を見ると、打楽器も本当にいろいろあるし、古楽器というのもあるし、こういったものがすべて44xHzの世界統一基準で調律されているわけじゃない。いわゆるピアノは平均律というやり方で音を決めてあるけれど、これも一律じゃない。日本の音楽でも沖縄の音楽でもその他の国でも平均律を使ってないのは本当に多い。そうすると絶対音感は「絶対万能」じゃないんだよね。

私が好む音楽とか楽器ってよく考えてみると平均律的じゃない。打楽器しかり、古楽器しかり。なんかよくわかんない音とかリズムとか大好き。かくいう私だってピアノで音楽を習ったわけだから平均律的耳なはずなんだけど、だからこそかもしれないけど認識しにくい音やリズムが面白くて結構はまる。

こんな私に絶対音感は必要なかったのかもな。っと思ったりもしたりしてるのでした。

さて、こんな私、色彩に関してはどうやら絶対色感があるらしい。音でいうドとかラとかじゃないけれど、赤とか黄色でもないけれど、あるなーとあらためて思った。
うぐいすの羽の色、とかフランスのla posteで使う黄色、とか。ちょっとでも違うと違和感だけがあるような、「ちょっとぐらい違っててもわかんないし別にいいじゃん」じゃない感覚。「違うのは許せん」感覚。それを「絶対x感」となづけるなら、絶対色感でしょう。これは。代わりにフレキシブルな相対色感はない。グラデーションが美しいとか、こうでなくちゃとかあまり思わない。単色にこだわる。面白いなー、と。

ほかの感覚でもきっと同じことがいえるんでしょう。自分におきかえて考えるなら、
絶対音感なし。相対音感あり。
絶対色感あり?相対色感なし。
絶対触感あり?相対触感あり。(目をつぶって触ってもアンゴラのセーターとかわかる。ん?これって金額感があるだけかも(笑))
絶対臭感なし。相対臭感あり。(花のにおいに限っていえば結構わかるかも)
絶対味感なし。相対味感あり。(あんまりないなー。これはあれより味がどうこうっていう比較感覚のほうが強い)

というわけでなるほどね。私は色だけちょっと変らしい。

こうやって感覚っていう目に見えないものを見てみるのも面白いなーー。
それに「絶対音感」信仰から抜け出せたし♡

この本は、音だけじゃなくて感覚ってものに興味ある人にお勧めです。
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by oeuf2 | 2006-06-18 15:22 | 本 livre